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ホッとする夜景とビールを片手に想うこと~谷澤英彦編~ |
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2007.08.02 |
僕の同期で引退がもったいないぐらい早かった最強選手がいる。谷澤英彦だ(以後・ヒデちゃん)。彼は1989年に17歳という恐ろしい若さで全日本のタイトルを取得し、最年少チャンピオンとし新聞・雑誌の表紙を飾った。「和製ボリス・ベッカー」と騒がれ、僕達が一緒に通った神奈川の高校にもテレビのインタビューや取材関係者が何度も出入りし、電車やバス車内の雑誌等の広告にも、当たり前のように、ヒデちゃんの顔がそこら中にあり、グランドストローカーが多かったこの時代に、サーブ・アンド・ボレーというプレースタイルが珍しい、左利きの、鬼のように曲がり滑るサーブとセンターに落ちる弾丸サーブを武器として持つスーパースターだった。
ジュニア時代の話になってしまうが、僕は練習試合でヒデちゃんに負けることはあまりなかったんだ。それなのに、本番になると「ここ」ってところで、例の滑るショットを出してきて、どう体を伸ばしてダイビングしても、触れることさえできないような神技で最後はいつも勝利をもっていかれていた。ゲームが競って相手にマッチポイントを取られたときの心臓をえぐられたような心理状態で、自分のベストショットを出すのはものすごく勇気がいることなのだが、ヒデちゃんのメンタルは、こんな時ほどタフであり、こんな時ほど大胆で、しなやかにラケットを振りながらウィニング・ショットをきめ、対戦相手のペースを思いっきり崩し、逆転する嫌な(笑)プレーヤーだった。口数が少なく、自ら人前に出て行くヤツではなかったが、全日本優勝を果たした後は、テレビをつければヒデちゃんが出ていて、学校に行けば報道陣に囲まれていて、今だから言えることだが(ブッちゃけ)、ベスト8にもあがれなかった僕は、毎日一緒に練習しているヒデちゃんが日本テニス界に伝説を残したことを素直に喜べず、当時は息詰まる悔しさと絶えず背中合わせだったような気がする。カメラなんかが校内に入れば調子にのって、うしろでピースかなんかしながら映ろうとする僕なのに、この時とばかりは全く興味のない素振で、視界にさえ入れまいと必死だったのを覚えている。(笑)
そんな僕と彼の付き合いも20年近くなり、現在ヒデちゃんはナショナルチームのコーチを務めながら、昨年12月からはJOCの任務に選ばれ、パットのアカデミーがあるゴールドコースト・オーストラリアに、奥さんの香ちゃん、長男の和真(4歳)、次男の宗真(1歳)と4人で1年間滞在している。僕は先週AndyやRobertoとのミーティングもありオーストラリアに行っていたのだが、ほぼ毎日ヒデちゃんと会い、予想外に盛りだくさんのTripとなった。とにかくテニスの話は尽きないのだが、互いに嫁さんや子供達に急かされ、コーチ同士としてだけではなく、夫・父としても共感できることが随分増えたような気がした。(笑)左手はジーンズのポケットに、そして右手で“うりふたつ”の和真の手を引きながら(引かれながら?)ガニ股で歩くヒデちゃんの後姿と宝物のように息子達を抱き上げるその表情は、コート上では想像できないほど、のほほ~んとしていて、まるでなんかの映画を見ているかのように微笑ましく、絵になっていた。彼は指導者になってからも多くを語ることはない代わりに、圧力あるオーラで場やジュニアに緊張感を与えるものだから、彼が発する一言に皆が耳を傾け、彼が選んだ言葉の重みと奥深さに誰もが数分は黙って考えさせられてしまうんだ。性格変わっちゃうぐらい美しい青空の下で、希望が溢れちゃうような真っ青な海を目前に、これでもかってほどバカでかい公園で、嫁さん同士は目を輝かせながら何やらコソコソと話に花を咲かせ、子供達はちゃっかり押し付けるものだから、語りつくしたいテニスの話は、大笑いしながら飛び回る4人のヤンチャな子供達に何度も打ち切られたが、色々な意味で日本ではめったに見られない珍しい光景になんとなく安堵感が湧き、真冬とはいえ、僕はホクホクしていた。ヒデちゃんとは15年ぶりに勝負もしたんだ。「1セットは絶対無理」と互いに同意し、3-3からにした。僕なんかは、ヒデちゃんと競ったらおしまいだと思っているから最初からエースを狙い飛ばし、マッチポイントまで手に入れたのに、20年前とまったく同じやられかたをした。
帰国する日、5時起きだというのに、冷える朝も嫌な顔一つせず、約束の時間より早めに来て空港まで送ってくれた。そして僕が少し困っていたことがあって相談にのってもらっていたのだが、空港に着いて「これ。」と紙切れを財布から出すから、何かと思ったら、僕が最も必要としているインフォメーションが細かく丁寧に書かれていたんだ。いつ調べたのだろう。さりげなく渡してくれた優しさに、鼻がつーんときて、手書きだったことがまた、泥臭くてジーンときた。見上げればそこにいてくれるような温かみを持っている。何度も行き来してきたブリスベンなのに、乗り込む飛行機に、「少しノスタルジアをおぼえるわね」と嫁さん・映子が難しい単語をならべたが、なんとなくその意味がわかった気がした。
PS・ヒデちゃん、帰国したら今度は僕んちで。
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